編集長日誌コーナー

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編集長日誌6


8月18日(水曜日)

4日間の盆休みはお陰さまで割合ゆっくりすることが出来た。以前からの希望だった木彫にもチャレンジ、仏像を作るつもりが、どうみても生きているお坊さんに仕上がってしまった。生死を越えた姿を作るのはなかなかに難しいのを実感した。

四日休んで出社したら、机の上は郵便の山だ。午前中は川崎に仕入れに出かけたので、整理は午後になった。取敢えずメールをチェックしようとしたが、300件以上もある。受信を終了しないうちに、トラックが到着したので、これも午後の整理になった。

頂いた郵便中に、岩片仁次さん七十八歳の第二句集「虚邑残闕」があった。本誌に執筆していただいたことがあるが、前衛俳句の高柳重信の事跡や散文集成に独力で挑まれている方だ。パソコンとコピーを駆使した手作り感あふれる和紙袋とじの句集、限定見込最多32部とあり、そんな稀少なものを頂き、恐縮するやら有難いやらで、手を合わせたくなる。重信の流れを汲む多行俳句、一頁一句で140数句を収めている。はじめの方から数句を紹介する。「月見草 繚乱 たれば 人もどき」「月蝕に 黒紫陽花は 開くなれ」「俳句とは なにものなりや 孤流木」などなど、帰りの電車で読むのが愉しみだ。

四日も神保町を離れていたが、古書街の多くの店も昨日までは休みのところが多かったのだ。昭和19年2月・甲鳥書林刊行のジョルジュ・ルオー作「我が回想」を購入。武者小路実光訳で、戦時中にも関わらずカラーの図版も多い。これは、戦後、座右宝刊行会から出された「芸術と人生」と同じ本ではないだろうか。もう二十数年も前に割合豪華な装丁で出された本で特価本になっていたのを購入している。しかし、その本にカラー図版はなかったような気がする。帰宅して調べよう。

8月19日(木曜日)

午前中、昨日運んだ川崎の荷物を一新会に出品。仕分けして大半を九月の大市に回す。午後は、大市分の仕分け、明治期の探偵小説が多いので、神保町の業者が来て手伝ってくれる。真に協力体制の整った組織である。中に混じった日記手紙葉書などは除けて旧蔵者にお返しする。江戸川乱歩の旧蔵者へ宛てた葉書も五通ほどあり、「御手紙拝見しました。「帽子の痕」御発見を祝します。古書通信への御発表を期待します。御報告深謝します。」などとある。乱歩は本誌の読者でもあったのだ。

昨日のルオー「我が回想」と、座右宝「芸術と人生」は、別物というよりも、それを含む文集であった。後書きでは甲鳥書林の本には触れていない。「我が回想」は、翻訳者武者小路実光の叔父実篤が渡欧したおり会見したルオーから貰ったSUVENIRS INTIMES(1926)を、叔父の要請で翻訳、「新しき村」に連載したものだ。扉にルオーが武者宛に書いた献呈の言葉もそのまま印刷されている。序文は実光の恩師渡辺一夫。昭和19年にもかかわらず贅沢なつくりの理由がおぼろげながら見えてくる。大して珍しい本ではないが良い本である。

8月20日(金曜日)

いろいろ慌しい日であった。九月号校正も出始めて、大分予定よりはみ出したものが多い。調整が大変だ。鑑定堂に宇野浩二の珍本ではないかという一冊が届いた。「貧しき前奏」という書名で、大正二年四月初版、大正十年十二月再版で、この本は大正十一年一月第三版である。出版社は大阪の盛進堂書店。大正二年四月は宇野の処女出版「清二郎・夢見る子」と同じだ。原本の表紙は生かしながら小粋な格子縞の布で帙と表紙を独自に作っている。送られてくる前に電話があり、内容からおそらく「清二郎・夢見る子」の紙型を買ったゾッキ本屋の海賊版ではないかと考えていた。「宇野浩二書誌学的研究」という本で調べると、果たして想像通りであったが、この書名での記載はない。確かに珍本には違いないが、文学的な評価は分かれるところだ。でもコレクターにとっては価値ある一冊に違いない。

8月23日(月曜日)

八木福次郎顧問が、「清二郎夢見る子」の初版を持ってきてくれた。両書を付き合わせると、大阪・盛進堂版が紙型を利用しているのは、奥付に「譲受発行」とあるようにはっきりしているが、初版にある不思議な乱丁をある程度まで訂正しているし、目次を後ろから前に移し、初版に使用されているカットを表紙の装丁画にしたりと、でたらめとは言い切れない版のようだ。昔からある「清二郎夢見る子」大阪版の根拠となる本かもしれない。

そんなことで、本書を中心に第一回目の鑑定堂原稿を書いた。乞うご期待。

共同通信の連載「本はいま」の次回テーマを「私家版」と決め、休日に書いた。勿論、岩片仁次さんの句集の紹介を兼ねたわけだ。自費出版には、出版社に依頼して作ってもらう本と、印刷、装丁は勿論、製本まで自分でするケースもある。私家版の定義としては、発行元が自分の名か堂号を用いたものということになる。しかし、そうした点よりも、出版というものに対する、一定の見識の上に出される本が私家版と定義しても良いような気がする。しかし、近代文学史上でも上げていくと私家版に類するものが非常に多いのに驚く。そう考えていたら、遅れて入稿された大場啓志さんの「続・記憶に残る本」のテーマが佐江衆一の第一創作集「刈田盆地」で、昭和三十二年、タイプ印刷。これも私家版であろう。

ところで、休日に今度は何としても仏像にしたいと木彫に再チャレンジした。今度は坐像にして、頭頂の髪の格好を二段にしてみた。どうやら誰が見ても仏像らしく出来た気がする。写真にとって友人にメールしたら、一人は「僧と仏像の差は肩の張にある」という卓説を提示してくれ、他に「仏像というよりは母像か」また「座せるクリストか」というのもあった。

8月24日(火曜日)

東京古典会は先週が休みだったので、二回分の出品で賑っている。酷暑の中でも大勢の業者が来ていた。派手なものはなく、私の眼にはどういうものが売れるものなのかさっぱり分からない。ただ、本当の価値あるものはこういう時に出ているのかもしれない。

独自の販売方法と、硬派の出版で知られるトランスビューから、新刊二点が送られてきた。社長の中嶋廣さんは、本誌の読者で何回かお会いしたことがある。個人的に頼まれていることがあるのだが、出来ないでいる。送られてきたのは、フレデリック・ルノワール著「仏教と西洋の出会い」と、小島毅東京大学准教授の「義経の東アジア」。小島氏は、まだ四十代の若手研究者、同社から、「父が子に語る日本史」「父が子に語る近現代史」という分かりやすく、かつ鋭い視点をもった本を出している。今回の本は2005年に勉誠出版から出た本の増補版。中嶋さんは、以前法蔵館にいたので、自ずと仏教関連の出版が多い。ルノアールさんの本は、「仏教というプリズムを通して見た西洋精神史」と帯にある。トランスビューは、取次を利用しないで、独自に書店と交渉する販売方法を取っている。あなた任せでない出版のあり方を追求している。確か社員は二、三人の筈だ。出版内容を維持するためにも、会社を大きくしないようだ。再販・委託販売制に頼った現在の自転車操業的出版の中で、質を求めれば当然行き着くべき一つの形だと思う。

8月25日(水曜日)

友人が、来週の愛書会目録に、七夕市に出た三村竹清旧蔵資料の一部と思われるものが沢山出ていると教えてくれた。見ると確かに約一頁に亘って出ている。友人は拓本類を注目したようだが、安田氏寄贈紙片付「丹緑本平家物語 零葉二頁分 二万円」というのが眼にとまった。この安田は、恐らく安田善次郎であろう。古活字版ならかなり安い買い物である。注文殺到しているのではないだろうか。

午後から東京古書組合の総会であった。理事長挨拶の中で、二週間前に書いた経済予測を含む文章が古くなるほどの、環境変化の早さに触れていたが、古書業界でも頼みの中国需要にも、現在の円高は響いてくるかもしれない。議案の中に、大型新刊書店の古書取り扱いへの対応の件も少し触れられていたが、恐らく来期はもっと大きな問題になるだろう。九月号では、早くから新刊書店での古書販売に参加してきた神保町の古書店りぶる・りべろの川口さんに、これまでの経過と今後の意見を書いて頂いた。お客さんにとっては、新刊書店も古本屋も同じ本を売る店、敵対ではなく、出来るところは協調協力していくべきだという、ご意見は説得力がある。

8月26日(木曜日)

ようやく古通鑑定堂の第一回目の原稿を入稿した。応募は八人の方から十一件あったが、今回紹介できるのは五件だけだ。七件分書いたが予定の二頁に収まらなかった。10月号以降連載の予定である。

一新会はあまりぱっとした出品がない。書評というよりは、文化文明論とよんでいいブログで有名な松岡正剛さんの「千夜千冊」の活字版全八巻(求龍堂)が出ていた。大きな箱に入って定価は95000円。日本の古本屋に登録がないところを見ると、発行部数が少ないのだろう。入札封筒は大分膨らんでいた。ともかくネットに掲載されていないものにはよく札が入るのが最近の傾向である。落札額は私の予想をはるかに超えた。

今日購入した、画家中尾彰の詩文集「愛の別れ」(新潮社・昭和四十六年)などは日本の古本屋でヒットしないが、これは部数も少なかろうが、まず売れないからだろう。でも良い本である。雑誌「日暦」の同人でもあった中尾彰さんには詩集もあるが、この本は四十年つれそった奥さんへのレクイエムだ。多くの夏を共にすごした蓼科の自然や草花を通し妻との思い出が詩や短文で綴られた一冊だ。「蓼科悼歌」と題された詩の中の一聯「ふたりいてさえ寂しかりしを 蓼科のからまつ林 遥かなるその細道を 今日よりは ひとり行けとや」。亡くなってから見つかった、花を愛した奥さんの短歌が紹介されている。「いのちながく あれかし久と待てるこの もじずりの花 咲きそめしけり」。感傷的すぎるともいえるが、真情なのだからしょうがない。四十年近くも以前の本だが、もじずりの花のように清楚できれいな本だ。

8月27日(金曜日)

本日は書窓展、この酷暑の中でもお客さんは一杯だ。あきつ書店さんの棚は相変わらずの人気である。私も森登さんを探しにいったついでに、五分ほどで四冊も買ってしまった。

明治古典会は特選市ということもあって豪華な出品だ。まず眼を引いたのが、戦前の講談社の絵本210余冊の一口だ。一度も頁を開いたことがないのではないかというまっさら状態。数冊ならそのようなこともあろうが、これだけまとまって新品状態というのは本当に珍しい。バブル時代なら四百万円くらいにはなったのではないだろうか。

また、田山花袋の「海」「見えない糸」など原稿3点がある。これも希少価値からいったら相当なものだろう。鉛筆書きで、毛筆は達筆なのに硬筆は上手い字とは言えないのが不思議だ。青木正美さんに伺うと、田山花袋の原稿は大抵鉛筆だという。館林の田山花袋記念館に、原稿用紙の版木が展示されていたが、それを使用したのは余程若い頃かも知れない。

8月30日(月曜日)

映画「森崎書店の日々」のパンフレットが古書会館の受付に置いてあった。第三回ちよだ文学大賞を受賞した八木沢里志さんの作品を、日向朝子監督が映画化、10月23日から神保町シアターと、シネセゾン渋谷でロードショー公開される。千代田区や東京古書組合、神田古書店連盟が協力した地域映画である。「神保町という町で、普通に生きて、暮らしている人々を大袈裟ではなく、ささやかに丁寧に描くことによって、ある種のドキュメンタリー的に映画の中に折り込んで作られました。そこにはいまの自分のいる場所で誇りを持って生きている人たちに触れることがいつしか人に力を与える。そういうメッセージが込められているのです」と解説にある。2004年には一青窈さん主演で「珈琲時光」という映画が神保町を一つの舞台として作られ、その前には市川準監督の「東京兄妹」が、目白の金井書店をセットに使い、古本屋の店員とその妹の静かな日常を描いている。昔からある古本屋の陰気な親父というイメージは、最近の映画では描かれず、むしろ静かに自分の趣味に合う古本を並べ、そこに集まる同好の人々との触れ合いを大切に生きていくというような古本屋の姿が描かれるようだ。まあ、そういう古本屋も皆無ではないが極めて少ない。私のような六十年代から七十年代初めにかけて青春期を過ごした世代、つまり現在の古本屋の中核になっている世代は、アウトローを描く映画を好む。学生運動や学生演劇崩れが、通常の会社人間になることを拒んで古本屋の世界に迷い込む。いつしか汲めども尽きぬ古本の奥深さの虜になって、古本ハンターに変貌していく。回りはライバルばかり、市場は戦場以外のなにもでもない。そういう感じの古本屋が実は多い。仕事は3K、汚い、きつい、給料は安い。しかし、誰にもへいこらする必要はないし、自由な仕事である。六十過ぎても青年のような人が多い。とても詩情あふれる世界ではないが、一種狩り的要素の濃いこの世界をギラギラの青春映画にする監督は出てこないだろうか。

8月31日(火曜日)

本日買った城戸四郎「日本映画伝」(昭和31年・文芸春秋新社)の口絵写真に昭和11年に創立された日本映画監督協会の創立記念写真がある。おそらく有名な写真だと思うが、右から名前を挙げると、溝口健二、内田吐夢、鈴木重吉、小津安二郎、村田実、山本嘉次郎、牛原虎彦、五所平之助、井上金太郎、阿部豊、伊丹万作、成瀬巳喜男、山中貞雄、清水宏、島津保次郎、池田義信、衣笠貞之助、田坂具隆と、いずれも名だたる名監督だ。全員綿入れ丹前を着てどこかの温泉宿でもあろうか。この写真や協会の創立について、この本にはどうも詳しく書いていないのではないか、すくなくとも目次にはない。しかし、写真一枚が日本映画史上の黄金期であることを端的に表している。

8月も今日で終りだが、なかなか涼しくなりそうもない。この酷暑の中、95歳の八木が出社した。本当に頭の下がる思いだ。




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